日航機事故から20年。
あのときは小学生で、大阪に帰省中。テレビを見ていた時に「旅客機が行方不明」の第一報。その後も時間を追って臨時ニュースががんがん流れていた。「ああ、大変なことが起きているんだな」ということと、恐怖を感じた。翌朝、「墜落した」と放送していた気がする。事故の翌日には夕方再放送をしていた「●チュワーデス物語」は放送中止になった。大阪に帰省中で、帰っている間は毎日このニュースに釘付だった。
その当時は、転勤族で飛行機には頻繁に乗る機会が多かったので、自分の身に起きたらどうしようと心配で心配でしょうがなかった。もともと乗物酔いが激しく、飛行機はとくに酔う率NO1の乗物だったので、嫌い度は増したと思う。
520人の中で生残った少女の救助シーンは、「すごい!」と思ったが、これだけしか生残らなかったのかと、ショックも受けた。※当時はこの子しか助かっていないという記憶だったのだが、実際は4人が助かっていたそうだ。
日本での飛行機関連の悪いニュースは増えるばかり。●ALに関しては業務指導命令がでた。大きな事故にはつながっていないが、危ないことが多い。今日はあの事故の報道が多くなされる中、エンジンから火を噴くというニュースがあった。
いったいどうしたの飛行機業界。事故は教訓にはなっていないのか?それとも、運営するための絶対人数が足りなくてカバーできていないのか?いずれにせよ、なんらかの打開策が、近く打出されることに期待したい。